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Saturday, November 27, 2021

自然がもたらす味覚。山の生活に彩りを添えるもの - 株式会社 山と溪谷社

炭焼きの家に生まれ育った著者・宇江敏勝さんが山の生業や暮らしを綴った記録文学の名著『山びとの記』がヤマケイ文庫で復刊。初版が刊行された40年前、すでに失われつつあった山の営みと文化を本書から一部抜粋して紹介します。

山中での生活で、食は楽しみの一つ。ここでは、ハチノコとハチミツについて。

天然ミツバチの巣。丸太の中に巣があり、雨が振り込まないよう板で屋根をしたもの(写真=著者提供)

蜂の巣が眼にとまると、ハチノコ(幼虫)の味覚に心を誘われる。どんな種類でもよいが、スズメバチ科のものが味もよく、大きな集団生活をしているところから、量も手に入れやすい。

町の酒場などで肴に出してくるのは、クロスズメバチの幼虫だが、これは土中に巣を営んでいる。われわれの地方ではショウジバチと呼んでいる。黒っぽい小さな蜂だが、数百匹以上が集団を形成し、その巣は蚕の棚のように幾段にも積み重ねられ、厖大な数の幼虫を育てているのである。それを奪うには、巣穴の口に火を焚いて、驚いて出てくる親蜂を焼き殺せばよい。その後で土を掘って、ハチノコのいっぱい詰まった巣を取り出す。ハチノコそのものは小さいが、なにしろ量が多いものだから、少しぐらい刺されたり、土中を掘ったりしただけの労苦は、十分報われるのである。

スズメバチやキイロスズメバチは、クロスズメバチに比べると数では劣るが、ハチノコの大きいのが取柄である。スズメバチは木の空洞の中などに何段もの巣を重ね、キイロスズメバチのほうは、岩蔭や大木の枝の下に、ラグビーボールのような巣をぶらさげている。どちらも図体が大きく、性質もきわめて攻撃的なところから、クロスズメバチの場合のように気軽に手を出すのは危険だ。これに刺されて死ぬこともある。

ハチノコをとる工夫は、やはり火を使うのである。それも夜間に松明に火をつけ、それを長い竿の先にかざして、巣を燻せばよい。怒り狂った蜂は、巣から出て火を攻撃する。暗闇で人間の姿が彼らには見えないせいかどうか、ひたすら火に挑み、自滅してしまう。その後で巣を頂戴すればよいのである。そういうやり方も、里の人びとはあまり知らないようであるが、私は父から教わった。

ハチノコは生でも食べられるが、醤油で煮しめにしたり、炒るなどすれば、よい酒の肴となる。飯に炊き込んで、ハチノコ飯に仕立てても食う。

アシナガバチやホソアシナガの幼虫も食べられる。これらの蜂には、植林地の下草刈りのときにしばしば出喰わす。小枝や葉っぱの裏などに、小ぢんまりした巣をぶらさげていて、そこから不意に襲ってくるので、防ぎようもなく刺されるのである。体長二、三センチほどの蜂だが、刺されると、いっとき気がくらんで坐りこんでしまうほど痛い。だが気をとりなおすと、刺されたことへの腹いせのように巣をもぎとって、生きている幼虫をその場でむしゃむしゃと食ってしまうのである。

天然のミツバチの巣を見つけたときの喜びは、ハチノコなどの比ではない。一般に飼育されている洋種ミツバチと区別して、われわれの地方では、それをヤマミツと呼んでいる。ヤマミツは樅や栂などの針葉樹、それに桜、椎、樫、楢など広葉樹の森林の木の花粉を求め、南瓜など自分の身体が包まれるような大きな花弁のなかには入らないともいわれている。空洞になった木に好んで巣を営むが、それもほかの動物が近寄りがたい崖などにある場合が多い。幸運に巣を見つけても、手に入れるのがひと苦労である。乱暴なやり方としては、木を伐り倒して蜜だけを奪うのだが、もっと悧巧で気の長い者は、これを飼育することを考える。

その方法としては、まず天然の巣をそのままにして、近くに手製の巣箱を置く。ヤマミツは初夏の八十八夜のころに巣分れをするのだが、その群れをこちらの巣箱に自然に入れるわけである。そのようにしてつぎつぎと箱をふやすこともでき、一人で二、三十個もの箱を谷のあちこちに置いている炭焼きもいた。飼育してみれば楽しく、また可愛いものなのである。

洋種ミツバチに比べると蜜の量こそ少ないが、中味は濃厚で、ヤマミツのほうが比重が重い。洋種は短期間で量を多くするため、蜂に砂糖を与えたりもするが、こちらは天然物で、ときには四、五年間も巣に貯えて凝縮させた蜜を取り出すのである。

ヤマミツは、われわれの地方でも長寿の薬だといわれ、昔から珍重されてきた。

※本記事は『山びとの記 木の国 果無山脈』を一部掲載したものです。

『山びとの記 木の国 果無山脈』

郷愁を呼び覚ます、記録文学の名著。
紀伊半島で育まれた山林労働の歴史と文化、そして思考。
奥深い熊野の山小屋から生まれた稀有な山の自叙伝がヤマケイ文庫で復刻。

編集部より

このたび弊社では、宇江敏勝さんの『山びとの記』をヤマケイ文庫に収録・刊行しました。

先祖代々、炭焼きの家に生まれ育った著者が、山仕事に従事するかたわら自らペンをとった記録文学は1980年に中央公論社から刊行されたのち、2006年に新宿書房のシリーズに収められたものです。

初版から40年たちますが、在りし日の伝統的な山の生業や暮らしを克明に記した本作は、昭和の貴重な林業史となっており、また、“山びと”としての来し方を振り返る文章は静謐であたたかく、日本の風土や自然に対する郷愁を呼び覚ましてくれます。


『山びとの記 木の国 果無山脈』
著: 宇江 敏勝
発売日:2021年9月18日
価格:1100円(税込)​

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【著者略歴】
宇江敏勝(うえ・としかつ)

1937(昭和12)年、三重県尾鷲市の炭焼きの家に生まれる。和歌山県立熊野高校を卒業後、紀伊半島の山中で林業に従事するかたわら、文学を学ぶ。作家、林業家。新宿書房より、「宇江敏勝の本」シリーズ(全15冊)、「民俗伝奇小説集」(全10巻)などがある。

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