2024年5月17日開催 企業価値向上セミナー
「サステナビリティ・コミュニケーションのポイント2024」より
動画をご覧になりたい方はこちら
文=小林渡 構成=藤本淳也、太田未来生物多様性の損失を反転させる“ネイチャーポジティブ”に向けて
まず鈴木氏は、“地球の健康状態”を9つの指標で科学的に評価した「プラネタリーバウンダリー」の概念図とともに、「われわれの専門領域である気候変動もリスクが高いのですが、それ以上に、生物多様性損失は極めて深刻な状況にあります」と指摘した。こうした背景を踏まえ、2021年のG7サミットにて「2030年までに生物多様性の損失を止め、反転させる」という“ネイチャーポジティブ”の概念が登場。さらに2022年12月のCOP15にて、2030年までの世界目標として昆明・モントリオール生物多様性枠組が採択された。
生物多様性がなぜこれほどまでに危機的な状況に陥っているのかについては、IPBES(生物多様性および生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム)によって、それぞれ5つの直接要因と4つの間接要因が指摘されている。いずれも人間の活動が直接的、間接的な要因として作用しており、その結果として生物多様性の大幅な損失を招いている。特に、気候変動と生物多様性は非常に相関関係が強い。
われわれ人間の経済活動は、自然資本、つまり自然からの恵みを受け取る形で経済社会活動が行われている。一方で、人間の活動は地球環境にとって無視できないほどに大きくなっており、自然資本に対して、様々な影響を与えてしまってもいる。鈴木氏は「われわれが行わなければならないことは大きく2つある」とし、「1つは自然からの恩恵、つまり自然資本への依存に対して一定の対策を行う必要があること。そしてもう1つが、当然ながら自然資本へ与える影響を低減すること」と語る。
気候変動だけでなく、自然資本全体に与える影響も開示することに
ネイチャーポジティブの実現には、企業の活動が重要になってくる。そのため、きちんと対策が行われているかどうかチェックするための情報開示ルールも決まりつつある。例えば、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)はIFRS(国際財務報告基準)のS1とS2という基準を公表しており、IFRS S1は全般的要求事項、S2は気候関連をテーマとした基準となっている。今後、生物多様性についてのテーマ別基準も検討されている。情報の開示はレポートやウェブサイトを含め、様々な手段で行えるようになってきているが、その中でも主要な情報開示のプラットフォームとして機能しているのが、国際環境NGO、CDPだ。
鈴木氏が代表取締役社長を務めるウェイストボックスは、CDPの気候変動コンサルティング&SBT支援パートナーとして日本で唯一認定されている。CDPは世界の主要企業がどのような環境活動を行っているのか、投資家に代わって質問書を送り、回答について分析・評価を行った上で、その結果を公開している。CDPの質問書の内容は時代ごとに変化してきているが、鈴木氏によれば「2024年からは、それまで独立していたClimate Change(気候変動)、Forests(森林)、Water security(水セキュリティ)の3つを1つに統合し、さらにプラスチックと生物多様性モジュールが追加された」という。この5つが環境問題別モジュールとして質問書の構成に組み込まれている。
その他の大きな変更点としては、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)が発表した枠組みと整合性を取るため、環境への依存からどんな恩恵を受けているのか、環境へどんな影響を与えているのか、また、それらがどのような事業上のリスクや機会につながるのかといった点を把握し、評価していくことになった。全体的に負の影響は最小化させ、正の影響は増大させていくという活動を行うことが、より重視されるようになっている。
こうした背景を踏まえ、情報開示を行う上で、「FLAG(森林、土地、農業)とTNFD、2つのキーワードが重要になってくる」と鈴木氏は言う。温室効果ガスの排出量を算定・報告する際の国際基準、GHGプロトコルの中で設けられている区分として“スコープ3”がある。これは企業の経済活動や、その商品の使用者が間接的に排出する温室効果ガスを指すものだが、このスコープ3について既にSBT(パリ協定水準の温室効果ガス排出削減目標)を設定している企業は多い。このSBTは主にエネルギー起源や工業プロセス由来の排出を対象としていたが、これに加えて、FLAGに関する排出量の目標設定も一部の企業では必要になってくる。また、「もう1つのTNFDは、ISSBの開示基準に合わせた全体開示が求められる」と鈴木氏は言う。つまり、それまで気候変動に関する情報の開示でよかったものが、それ以外の分野についても一緒に統合した形で開示する必要が出てくるのだ。
TCFDとTNFDの違い
改めて、TNFDとは、Taskforce on Nature-related Financial Disclosuresの頭文字を取ったもので、Nature(自然)の部分がClimate(気候)になったものがTCFDである。「TNFDは“TCFDの自然版”であり、自然資本、生物多様性などに対してどのような取り組みをするか開示を求めるもの」だと鈴木氏は言う。
TCFDとTNFDは重なる部分も非常に多い反面、TNFD独自のものもある。例えば、経済活動は自然の資本を活用して収益を上げるため、自然環境に対して一定の依存をしており、また自然環境へ影響を与えてしまうとして、TNFDは依存、影響、リスク、機会という大きく4つの部分についての開示を求めており、依存と影響を測るために指標もいくつか用意されている。また地域を特定して評価することや、人権の考慮が加えられていることも異なる点だ。
自然関連の課題を評価するためにTNFDではLEAPアプローチというものが開発された。このアプローチはまずスコーピングから始める。つまり、自分たちの事業の自然に対する影響や依存、それに対するリスク、機会などを把握し、管理していくためのリソースを調整する手続きだ。「リソースの調整まで入っているのは非常に重要」と鈴木氏は指摘する。スコーピングの後は、自然との接点に関してLocate(発見する)、依存と影響に関してEvaluate(診断する)、それに対するリスクと機会をAssess(評価する)、さらに情報の管理のPrepare(準備する)という4つの段階を経ていく。
土地の利用・管理で生じる排出も開示対象へ
一方、FLAGについては、先ほど触れたようにこれまで気候変動分野で行われていたエネルギー起源・工業プロセス中心のスコープ3にプラスして行われることになる。主に土地利用変化による二酸化炭素の排出(森林減少、農地への転換、自然環境の改変など)や、土地管理による二酸化炭素、メタンガス、一酸化二窒素の排出(家畜のげっぷ、作物のかす、堆肥管理、肥料、関連機械類使用など)のほか、炭素除去や貯蔵(森林再生、森林管理の改善、林間放牧、土壌炭素隔離、森林農法など)となる。「これまでも農畜産業などでは一部の土地管理による排出量をスコープ3に含めて算出されてきたが、土地の利用変化による排出や吸収も対象とする点が以前と異なる」と鈴木氏は解説した。
生物多様性の損失が極めて深刻な状態である今、司法や政府の政策、保護、人権など、様々な活動は一体化して進めていく必要がある。企業としては「気候変動の際と同様、自分たちが自然資本に対して、バリューチェーン上の影響と依存をどのように与えてしまっているのか、まずは把握すること」だと鈴木氏は指摘し、講演を締めくくった。
連載:「サステナビリティ・コミュニケーションのポイント2024」
株式会社ウェイストボックス
代表取締役社長
鈴木 修一郎 氏
1975年、埼玉県生まれ。早稲田大学教育学部卒。事業会社を経て、2004年に環境コンサルティングを専門とする株式会社リサイクルワン(現・株式会社レノバ)入社。主に不動産における環境デューデリジェンス業務に従事。
2006年2月に独立し、株式会社ウェイストボックスを設立。2018年~2020年に環境省が実施した、脱炭素経営による企業価値向上促進プログラムにおける支援窓口を担当。 現在、炭素会計を軸とする事業で、東証プライム上場企業約230社の気候変動に関するアドバイザリーを務める。
また、2020年には、著名な国際環境NGOであるCDP(英国)の気候変動コンサルティング&SBTパートナーとして国内唯一認定され、SBT目標設定やTCFDに対応した情報開示、CDP質問書への回答支援を行っている。
※肩書は記事公開時点のものです。
マーケティング本部 ビジネスアーキテクト部
藤本 淳也
インターナルコミュニケーションや教育、HR、音楽などの様々な領域で、企画編集/マーケティング/プロダクトマネジメントに従事し、2022年に現職。コンサルティングから課題設定、ストーリーメイキング、各種制作と、コミュニケーション支援を幅広く担当している。
※肩書きは記事公開時点のものです。
サステナビリティ・コミュニケーションのポイント2024② 自然資本に関する情報開示(TNFD, FLAG) | CCL. - 日経BPコンサルティング
Read More
No comments:
Post a Comment