5月29日、夜明け前の「薬萊山(やくらいさん)」の麓の小さなペンション前にサイクリストが集まった。イタリア北部で始まったビッグスケールのグラベルイベント「JEROBOAMグラベルチャレンジ」。その日本版のイベントの記念すべき初回大会だ。
エアロダイナミクスと走破性を備えたEXPLOROシリーズをラインアップするなど、近年グラベルバイクに注力する3T(スリーティ)が世界各地で主催するグラベルイベントが"JEROBOAM"。ワインの名産地であるイタリア北部フランチャコルタ地方の山々に張り巡らせたグラベルを繋ぐ300kmのビッググラベルチャレンジとして、3リットル容量の特大ワインボトルにちなんだネーミングを与えられたイベントがついに日本へとやってきた。
会場は奥羽山脈に面する宮城県加美町。仙台から北にクルマで1時間の山中だ。周囲をなだらかな低山が囲み、穏やかな田舎の田園風景が広がる。
参加賞として配られたJEROBOAMのラベルが貼られたボトルは、ワインではなく日本酒「一の蔵」。米どころである地元宮城県を代表する日本酒だ。2本あるのは、昨年開催しようとした際に年度入りラベルで製作したから。コロナ禍を経てのリベンジ開催となった今年は、参加枠の50名に対して大きく上回る応募があった。しかしふたたび緊急事態宣言延長の煽りを受け、実際の参加者は31名。人数は少ないが唐見実世子選手(弱虫ペダルサイクリングチーム)を含む女性2名と初モノ好きのツワモノたちが揃った。
参加者たちのお目当ては「グラベル」。グラベルとは未舗装路、すなわち石が転がる砂利道や、土がむき出しになっている自然道で、一般地図やナビには載ってないような林道を含む。
本家本元となるイタリアの「JEROBOAM GRAVEL CHALLENGE」はグラベル比率70%、獲得標高約6,500m。そんなチャレンジングなコースを37時間の制限時間で走るというもので、グラベル人気の高まりを受けイタリアを飛び出し"JEROBOAM"シリーズとして世界中にその輪を広げてきた。今回初開催となったJEROBOAM JAPANは、75㎞のスタンダード、150㎞のマグナム、300㎞のジェロボームと3つのカテゴリーが用意された。
150㎞マグナムクラスのグラベル比率は約50%、獲得標高3,185m、最高勾配16%と、フィジカルやスキルなど日頃の十分な準備がないと完走が難しい上級者向けのルートだ。最長の300㎞は前日と同じルートを逆回りし、2日間で300㎞となる。出走者数は300kmが11人、150kmが14人、75kmが5人。
ライドイベントは数あれど、グラベルレースやイベント自体がまだ少ないため未知である人がほとんど。コースは2日前にGPX、TCXデータとして配られたが、当日のルート上にはコースを示す目印もない。参加者はGPSサイコンのナビ機能を頼りに自力でルートを進むのだ。
「熊の生息域のため熊よけ鈴を取り付けて」と注意事項には記された。エイドステーション&チェックポイントは2か所。各自で補給食や飲料を用意しドロップバッグに入れ、エイドステーションで受け取れるシステム。移動マーシャルとしてオートバイと車が付くが案内はしてくれない。ゼッケンの裏にはライダーの名前や緊急連絡先が記載された。
朝5時に300kmクラスの11人がスタート。コロナ対策で大きなパック(集団)にならないよう、ひとりひとり出走していく。ここからは150kmマグナムクラスにエントリーしたCW編集部・綾野の実走体験記でレポートを綴ろう。
走り出して20kmは舗装路が続く。緑のきれいな薬莱山を眺めつつ、その周囲を巻くように下って、登る。舗装区間の走りはスピードが出るためロードの走りと変わらない。クルマも通らないマイナーな山道を、朝日を浴びながら走る。
長丁場のためバイクには補給食を詰めたバッグと2ボトルを積載した。分岐で曲がるポイントを教えてくれるGPSナビを使いこなしていればルート選択に不安はないが、ナビもときどきミスをするので、そこは自分の勘で補正しながら進む。
走りが落ち着いてくると数人が集まり、小グループができるようになる。レースではないのでピリピリした雰囲気はなく、お喋りを楽しみながらペダルを漕ぐ。距離が長いので誰もが完走への不安や緊張感を感じているようだった。
心配したグラベル区間は砂利も浅く、よく締まっていて走りやすく、生活道路や林業の道としてよく使われていることが伺える。アップダウンは多く、登りは淡々とこなすのみ。下りは砂利でパンクしないように、スリップしないように気をつけて飛ばす。サスペンションがないのでタイヤの空気圧や身体の使い方がコツだ。
舗装区間はつなぎのようでいて、エアロに気を遣ってしっかり踏めばかなりのスピードで巡航が可能だ。仲間がいれば先頭交代してローテーションしていけばハイスピードが保てる。信号も交差点も少ない田舎道は飛ばすのが気持ちいい。
エイドでは朝にあらかじめ渡した自分のドロップバッグを受け取れる。そこでボトルを差し替え、補給食をポッケに補充。主催者がフルーツやおにぎりを用意して提供してくれるのも嬉しい。
朝の時点でレッグ&アームウォーマー類が必要だったのに、10時頃には気温が上がり、夏日のように蒸し暑くなった。そして標高550mほどのピークを経て下るとき、突然天気が崩れて雨が降り始めた。油断してレインジャケットを着なかったライダーの多くがこの雨に濡れて身体を冷やした。そして路面は泥とぬかるみになり、それまで走りやすかったグラベルは一気に難度を増した。
鳴子温泉に出て幹線道路脇の細道を行く。再びグラベルの細道で山に分け入るが、尾根に登りつめるまで16%の激坂が延々と続く。一緒に走っていたマイキーことマイケル・ライスさん(Chapter2)のGPSサイコンのナビデータが消えるトラブルが発生。自分のサイコンも山中でナビゲーションミスの警告を頻発していたが、ルート上に看板などが無いので正しいルートを走っているのかわからなくなる。しかし走るうちに先発クラスのライダーを抜くようになり、信じて進み続ける。後になってミスルートしていなかったことが判っての「結果オーライ」だった。
2人で走るメリットは平坦や舗装路区間で先頭交代とドラフティングができること。ふたりで協力しあってローテーションを回せば、ひとりでは走れない高スピードで走れる。タフなルートに獲得標高が脚に響いてきた後半、もはや速く走るよりも生き延びて完走することが目標になってくる。そんな状況では一緒に走れる相棒の存在は心強い。
第2エイドで束の間の休み。再出発を焦らずに補給をしっかり摂り、最後の残り45kmへと向かう。後になってみれば短いようでいてこの区間が途方もなく長かったように感じる。スタートした加美町に戻ってきてから、ルートはわざわざ薬莱山の裏側に回り込み、グラベルの16%激坂を経てフィニッシュ地点へと戻るのだ。
フィニッシュが近いと思わせておいて再び登場した強烈な登りとグラベルに、脚が一杯になって心が折れかけたが、なんとかマイキーと一緒にワン・ツーフィニッシュ。朝6時半に走り出してフィニッシュ到着は14時前。タイムは7時間10分だった。マグナムクラスでは2位相当のタイムだったが、レースではないので速さや順位は関係なく、最後まで走りきれたことが勲章だ。
初日を終えてみれば300kmジェロボームクラスはDNFが続出し、完走者はたった6人。もっとも長く走った人で10時間35分のタイムだった。
フィニッシュ後は泥まみれのバイクを洗車し、会場でひなたぼっこしながら名物のやくらいビールと一緒にミールサービスのハンバーグプレートをいただく至福の時間。この日の宿はすぐ近くのやくらい温泉で、疲れた身体をたっぷり温泉療養できるのも最高だ。
2日目。初日を乗り切れずにDNFしても2日目には挑むことができる。300kmには7人が出走(エントリーは11人)。2日目のコースは初日の逆周りで、北側の激坂16%が続く区間をカットした少し短い130km。コンディションも良く、雨も少ししか降らなかったことは幸いだった。
初日をメカトラでリタイアした人、ディスクブレーキパッドが雨で磨り減ってなくなった人も代車や応急処置で間に合わせた。体力的にはキツイはずが、初日の経験があるからか、2日目は誰もが少し余裕があったように思えた。
2日目の最終走者になったのは、会場に近い加美町に住む高橋正明さん。初日は夜勤明けで出走し、第2エイドでリタイア。2日目は初日に学んだことを生かして時間を掛けても完走にこぎつけた。
地元の仲間たちに迎えられてフィニッシュした高橋さん。「コースも景色もすごくいい。2日間パンクもなく、そんなにガレたところもない。雨で冷えたときには鳴子温泉でお風呂入りたかったですね(笑)。生まれも育ちも加美町で、仲間たちが応援に来てくれて嬉しかった。住んで知っているエリアだけど、グラベル自体は走ったことが無かったんです。それで初日は何があるかわからないからと、モノを持ちすぎたのが失敗。あと、シクロクロス用バイクに手を入れて走ったんですが、ローが1×1以上に軽いギアが必要ですね。グラベルロードが必要だから、新しく買います」と話してくれた。ちなみに高橋さんは翌日、DNFで走り残したルートを走ってコンプリートしたそうだ。
2日間通しての完走者は300kmが6人、150kmが12人、75kmが5人。走り終えると会場のバナーに感想とともにメッセージを書き入れ、帰路につく。レースではないので表彰は無し。苦しかったはずなのに、参加した誰に聞いても「最高だった」「また来年も走りたい」と答えていたのが印象的だった。
「加美町はグラベル天国。皆が『また走りたい』と言ってくれたことがご褒美」
主催者 樋口準人さん(3Tブランドマネジャー)
「2017年に弊社(株式会社あさひ)が3Tの日本代理店となり、本国イタリアではジェロボームが開催されました。それを日本でもやりたいと、日本の各地を営業で回りながら、行った先で地元の林道を走り回って、日本中にどんな林道があるかを把握してきました。2019年からは3Tクラブライドを企画。ショップの方々にも相談し、仙台のベルエキップの遠藤代表がグラベル好き・林道好きとあって、開催へ向けて話がトントンと進みました。
このエリアは林道の密度が濃く、グラベルが多くていくらでもルートがとれるんです。 この一帯の林道は公道なので走っても問題が無く、生活道路でもあるから良く補修もされていて、酷いガレ場も無い。林業も盛んで、林道がよく使われているんです。今回のコースは人に聞くよりは自分でバイクで回るのが確実と、隅から隅まで走って自分が納得できるルートを引きました。
ルート上に案内板も設置することなく、参加者にgpx等のルートデータを配布するだけなのはイタリアがそうだからです。むしろ看板を立てるのには許可がいるし、スタッフを大人数配置するのも現実的じゃない。あくまで自分の力で回ってくださいということで、レースでもない形式です。レースにすると危険が増したりする。イタリアでも表彰もなく、走り終えると皆が三々五々帰っていくような感じです。
本国コースディレクターの話を参考にしてグラベルロードが向くようなコースづくりを目指しました。舗装区間はスピードが出て一生懸命ペダルを踏むような、グラベル区間はグラベルバイクに適したようなダート路面を選び、シクロクロスバイクの流用や、グラベルタイヤを履かせたロードバイクじゃ有利にならないようなコース。 そして僕の好きなグラベルを入れました。激坂16%が連続する区間や最後の最後で心を折る登りは僕からのプレゼントです(笑)。参加者どなたに聞いても『苦しくて楽しかった』『良かった。来年も来たい』と言ってくれたのは嬉しいです」。
マグナム150kmクラスの実走データ(Strava)
photo&text:Seiko Meguro
ride report:Makoto AYANO
宮城の大自然を舞台に300kmの悪路に挑戦 JEROBOAMグラベルチャレンジ - JEROBOAM JAPAN Gravel Challenge2021 - cyclowired(シクロワイアード)
Read More
No comments:
Post a Comment