神奈川県・丹沢山地の麓(ふもと)、秦野市名古木(ながぬき)に美しい棚田がある。NPO法人「自然塾丹沢ドン会」が耕作放棄地を再生し、ことしで二十年目を迎えた。毎週土曜日にシニア世代や家族連れが農作業に汗を流す。さまざまな生き物たちが生息する楽園でもある。 (野呂法夫)
目に鮮やかな緑色の棚田は稲が出穂(しゅっすい)し、順調に育つ。日差しは強いが、風は心地良い。沢水を集めて流れる用水路で、会のまとめ役、金田克彦さん(77)=東京都杉並区=は素早く網を入れて何かを捕まえた。
「ツチガエルです。小さくてイボイボがあるけど、かわいいでしょ」と笑う。
会は二〇〇二年、荒れた棚田を農家から借りて開墾した。除草剤や化学肥料は使わず、手作業で草取りをする。冬季も一部で水を張ると、かつていた生き物たちが再び姿を現した。
昨年一月末、新しくつくったビオトープ(生物生息空間)にヤマアカガエルの卵塊があり、春には無数のオタマジャクシに。「次第に数を減らしていたけど、タイコウチやアカハライモリなどが捕食していました」と横浜市に住む丹藤(たんどう)敬三さん(76)は話す。
こうした生き物が命をつなぐ連鎖は人間が耕し続ける共生の証し。昆虫を餌とするカエルが、シマヘビやアオダイショウに狙われ、そのヘビは棚田の生態系の頂点に立つ猛禽(もうきん)類のノスリなどに捕食される。
「暑いとヘビは涼しそうに泳いでいますよ」と金田さんに促され、畔(あぜ)から目を凝らした。イネの葉にイトトンボやイナゴの幼生が止まる。コナギの葉の上にいたキクヅキコモリグモが水辺を走る。ヘビにはお目にかかれなかったが、シオカラトンボが飛んでいた。
会は〇四年に都市住民と農村を結ぶ「丹沢自然塾」を開講した。参加者は会員を含め九十家族、百五十人。最寄りの小田急線秦野駅からバスを乗り継いで集まる。
金田さんと丹藤さんは第一回の自然塾メンバーで、定年後の第二の人生を棚田の米作りとともに歩んできた。丹藤さんは元公務員で福島県西会津町の出身。「ここには古里と同じ自然と景色があり、ついつい十八年も長居し、毎週土曜に農作業するのが楽しみです」
損害保険会社に勤めた金田さんも「都会から離れた自然の中で体を動かし、心身ともくつろぐのが健康の秘訣(ひけつ)。生きるリズムとなり長寿にはいいですね」。
メンバーは女性も多い。相模原市の千葉恵子さん(75)は「ここの良さは『三間(さんま)』です。心安らぐ自然の空間、時間、仲間の三つとも満たされて、幸せです」と語る。
あずまやで頂いた冷たい麦茶がうまい。自家栽培した大麦を煎(い)ったという。お米もおいしいと評判だ。鎌での稲刈りと天日干しのためのハザ掛けは二十七枚の棚田が黄色に染まった九月中に行われる。
◆カヤネズミ、オオムラサキ… 838種の生息確認
自然塾丹沢ドン会は2017年から3年間、東海大人間環境学科と慶応大一ノ瀬研究室に協力を求め、棚田の自然調査を行った。
植物252種、クモを除き昆虫484種、哺乳類と両生類・爬虫(はちゅう)類各15種、鳥類72種の計838種を記録した。
神奈川県の準絶滅危惧種として日本一小さいカヤネズミ、国蝶(ちょう)のオオムラサキなど37種が確認された。
一方、駆除が必要な外来種は4種。繁殖力の強いセイタカアワダチソウは秋に引き抜き、ススキも増えている。調査結果は自然観察ハンドブック「丹沢山ろく名古木 棚田の生き物図鑑」(夢工房)として9月に出版する。税別2000円。
同会理事長の片桐務さん(71)は「名古木の自然の魅力、生物多様性の現状を知り、棚田の原風景を次の世代に引き継ぐためのテキストとして活用してもらえれば」と語る。問い合わせは片桐さん=電090(7212)0573=へ。
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棚田の再生、第二の人生かけ 丹沢麓で「自然塾」20年 生き物と共生 - 東京新聞
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