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Thursday, February 24, 2022

自然の美しさを余すことなく。日本の革をきものに - 朝日新聞デジタル

昨年度よりお仕事のご縁をいただき、日本タンナーズ協会さんご協力のもと、本革を用いた作品づくりに取り組んでいるのですが、今年は新たに国産の革を使って「きもの」を制作しました。自分でも当初、実現できるか半信半疑だったこの前代未聞のアイデアが、どのように生まれ、そして形になっていったか、ここで少しご紹介したいと思います。

ひらめきのきっかけは、埼玉県草加市でタンナー(製革業者)を営まれている伊藤産業さんへお邪魔したことでした。実は草加市には100年近い皮革産業の歴史があり、この伊藤産業さんも1953(昭和28)年に現在の場所に建ち、年季の入った趣のある工場は今もなお使用されています。まさかその後、幾度となくこちらへ通うことになるとは、この時はまだ想像もしておりませんでしたが、それはまたのちほどお話ししますね。

自然の美しさを余すことなく。日本の革をきものに
埼玉県草加市のタンナー「伊藤産業」へ(Photography by Sayuki Inoue ©TANNERS’ COUNCIL OF JAPAN)

こちらの工場ではさまざまな種類のソフトレザーを製造されているのですが、その中でもひときわ私の触覚を惹(ひ)きつけたのが、エゾ鹿革でした。

伊藤産業さんがこの北海道の鹿皮と出合ったのは2018年。それは、近年深刻化する農作物や森林への被害防止のため捕獲された野生の鹿のもの。肉は特産ジビエとして生かされ、皮はその副産物として譲り受けたものでした。貴重な命からいただいたこの皮をなんとか有効活用したいという伊藤産業さんの思いで、創業以来培ってきた高いなめしの技術によって美しい革へと再生され、今回私の手に触れたのです。

調べていくと、日本における皮革文化の歴史は飛鳥時代以前にさかのぼるといわれ、牛や馬の皮の加工技術が確立する江戸時代前は、主に鹿革が甲冑(かっちゅう)や鎧(よろい)といった武具、また神具や日用品として広く使われていたそうです。エゾ鹿革に触れたあの瞬間、どこかぬくもりと親しみを感じたのは、単なる思い込みではなかったのだと、この史実が教えてくれたように思います。

自然の美しさを余すことなく。日本の革をきものに
アウトラインが魅力的なエゾ鹿革(Photography by Sayuki Inoue ©TANNERS’ COUNCIL OF JAPAN)

さらに私が魅了されたのは、そのシルエットでした。作為のない自然の美しさを宿した革のアウトラインは個性豊かで、まるでそれ自体がアートのような魅力を持っていました。しかし、お話を伺うと、その端の部分は製品化の際カットされ、廃棄されてしまうとのこと。さまざまな思いとつながりによってせっかく貴重な素材へと生まれ変わったのに、そして、こんなにも魅力的な形をしているのに捨てられてしまうなんて……。少し大げさではありますが、私がなんとかしなければ、そう思ったのです。

自然の美しさを余すことなく。日本の革をきものに
革をスキャンし並べてシミュレーションしたデザイン画と(Photography by Sayuki Inoue ©TANNERS’ COUNCIL OF JAPAN)

この連載でも度々ご紹介していますが、私は昨今、生地に極力残布を出さないようなお洋服や衣装づくりに取り組んでいます。今回もその観点から、繊細で美しい革を、余すことなく使い切ることを目標にデザインのイメージを組み立てていきました。そこには同時に、近年SDGsがうたわれる中で、皮革文化や産業の在り方、また職人さんたちが代々築き上げてきた優れた技術、そして、日本産の本革の魅力を、多角的な視点で伝えられたらという願いも込めました。

自然の美しさを余すことなく。日本の革をきものに
縫い目が出ないよう、パーツはすべてアイロンで接着

デザインのキーとなったのはやはり、普段なら捨てられてしまう革の端の有機的な曲線美でした。ひとつとして同じではないその自然の形状は、動物たちが暮らす山の姿にも重なり、その命が人間を通じて山へと戻り循環してゆく、そんな思いもはせながら、どんどんとイメージを膨らませていきました。

表現には、かけがえのない命と自然への敬意を込め、水墨画を彷彿(ほうふつ)とさせる幽玄の世界を掛け合わせ、エゾ鹿革の一枚一枚に山の稜線(りょうせん)を再現。さらにそれらを最終的なアウトプットとして、私の衣装づくりにおいても大きなインスピレーションとなっている、生地を無駄なく使う日本の伝統衣装「きもの」に仕立てることにしました。

自然の美しさを余すことなく。日本の革をきものに
自然光で色味を見るため作業は日中に

すべてが革職人さんたちの手作業でおこなわれた今回の制作。独特な端の形状を生かしながらの裁断や、グラデーションの染色には、革では極めてむずかしい「墨汁が和紙に染み込むようなぼかし」を職人さんへお願いすると、巧みな技と感覚で絶妙な濃淡を繊細にコントロールしながら、一枚ずつ丁寧に仕上げてくださいました。

作業は想像以上に大変なものでしたが、私も毎週末通い、職人さんたちと一丸となって形にしていきました。アイデアだけでは到底実現し得なかったこの作品は、まぎれもなく革職人さんたちの高度な技術と、ものづくりにおける共通した熱い思いがあったからこそ、完成を迎えられたのだと思います。

自然の美しさを余すことなく。日本の革をきものに
撮影風景(Photography by Sayuki Inoue ©TANNERS’ COUNCIL OF JAPAN)

制作には終始携わっていたのですが、グラフィック撮影の際、あらためて作品を前にすると、その美しさに思わず息をのんでしまいました。初発のイメージそのままの、革のきものがそこにはありました。革ときものという、最初は素材を無駄にしないという観点で掛け合わせた二つでしたが、制作を通じて、手間暇かけてつくられ、そして、世代を超えて長く愛されるものという共通項に気づくとともに、「ものを大切にする」という精神も再認識することができました。

自然の美しさを余すことなく。日本の革をきものに
《THE LEATHER SCRAP KIMONO》2022年(Photography by Sayuki Inoue ©TANNERS’ COUNCIL OF JAPAN)

本来なら捨てられてしまうものもアイデアひとつでアートピースへと昇華でき、また、デザインの力が職人さんたちの素晴らしい技術や育まれてきた文化をつなぎ、新たな魅力を引き出す糸口になるということを、今回のプロジェクトを通して実感しました。それこそが、ものづくりと向き合う私たちの役割なのかもしれません。

完成した作品は《THE LEATHER SCRAP KIMONO》と名付けました。細かな制作プロセスは日本タンナーズ協会のウェブサイト「革きゅん」にてご紹介しておりますので、よろしければぜひチェックしてみてください。この作品からさまざまなことを感じ取っていただき、それがみなさんの新たな視点や価値観、感性の扉を開けるものになればうれしいです。

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