一帯は江戸時代の熊本藩主、細川家の墓所の妙解寺[みょうげじ]跡で、1995年に国史跡に指定された。墓のようなものは妙解寺の子院、宝光院の院主のまさにお墓。隣には経典を納める経蔵[きょうぞう]の跡もあり、水堀で囲まれた国内でも珍しい造りだった。
もともとあった直線道路については「実はあれが高架化工事に伴う仮設道路でした」。史跡内のため掘削はせず、土のうと山砂にシートを敷いて史跡を傷つけないようにして設けた道路で、墓石も一時的に“避難”させていたという。
鉄道・運輸機構九州新幹線建設局が記した『九州新幹線工事誌』には「文化財用地内に8年を超える長期間の仮設道路が必要であり、文化庁との協議は難航した」とある。長期間、直線の仮設道路があったことから、2019年に完成した現在の曲がりくねった道の方が仮設のように感じてしまうのかもしれない。
史跡内には恒久的な構造物は設けられない。高架の脚も建てられないため、周辺では約20メートルおきに並ぶ橋脚が、ここだけ約70メートル離れている。川が流れているわけでもないのに高架がアーチ形の鉄道橋「北岡公園架道橋」になっているのは、間隔が開いた分の荷重を支えるためだ。
曲がりくねった市道の見通しは決して良くないが、文化財課の松永直輝さん(32)は「カーブやアーチ橋があるのは史跡が守られた証しでもあります」。歴史に思いを巡らせながら、ゆっくり進むのもアリかもしれない。(立石真一)
不自然なカーブ、その先は? 川がないのに鉄道橋も JR熊本駅北側|熊本日日新聞社 - 熊本日日新聞
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