50歳の頃、ふと作業場に置かれたかごをのぞき、全身に衝撃が走った。
かごに入っていたのは、化粧まわしの生地を織った際に出た絹糸のくず。紫、朱、黒と色とりどりで、長さもまちまちの糸が絡み合い、重なり合って、不思議な模様を描いていた。整然とした織物とは正反対の、自由自在な糸のアートだった。
「これを何とか布にしたい」。だが、本領の「織る」という技術は役に立ちそうにない。方法を探す中で、ヒントになったのが和紙の製法。紙をすく工程をまねて、板の上に敷きつめた糸をのりで固めた。板からはがし、ミシンで縫って補強すると、今までにない質感の布が生み出された。
奔放な糸の動きに感性を刺激されたのは、そこに抽象化された自然の美を見いだしたからだった。若い頃から「伝統の織り方を続けるだけではただのまねごとだ」との信念を持ち、思索を重ねてきた。
北九州市小倉南区の山あいに工房を移したあとも、野山を歩いて重なり合う落ち葉を見つめ、クモの巣に目をこらして、インスピレーションを得る瞬間を待ち続けた。「自然の自由さに触れ続けたからこそ、新しい表現方法にたどり着けた」とほほえむ。
不規則な網目にちなんで「ランダム布」と名付け、2015年には特許を取得。ストールに仕立てると、個性的なデザインが人気を博した。中国・上海での展覧会に出品して注目された。
国内にもファンが多く、ストールを購入した同市八幡東区のピアノ講師二村多恵子さん(65)は「最初は奇抜なデザインに驚いたけれど、華やかで、ドレスにも和服にも合うので重宝しています」と常にバッグに入れて持ち歩く。
糸による表現の可能性をさらに広げようと、糸でキャンバスに風景や抽象画を描く「糸絵」にも挑戦している。「自分が生み出した作品を、世界中の人に認めさせたい」。燃えるような思いが、創作の原動力だ。
[道あり]博多織職人 大野浩邦さん<6>自然から着想「ランダム布」 - 読売新聞オンライン
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