地球規模で気候が変動している今、国立公園や保護区を設けるだけでは米国の自然を守れない。あらゆる場所で保全活動を進める必要がある。動植物が気候変動に適応できるよう生息地を回廊で結ぶには、経済活動に利用されている土地も保全しなければならない。
◇ ◇ ◇
世界最大の非営利の自然保護団体「ザ・ネイチャー・コンサーバンシー(TNC)」は最近、米国のアパラチア地方で10万2000ヘクタールの森林地帯を1億3000万ドル(約180億円)で購入した。バージニア州南西部、およびケンタッキーとテネシーの州境付近に位置する淡水環境の豊かな一帯で、TNCが運営するリミテッド・パートナーシップ(投資事業有限責任組合)の名義になっている。この組合を資金的に支援しているのは、収益を上げるだけでなく、社会的な課題の解決を目指すために投資を行う、いわゆる「インパクト投資家」だ。土地は今も経済活動に利用されている。
生物を守りつつ、投資家を満足させるほどの利益を上げるなんて、虫のいい話だと思っていた。「カンバーランド森林プロジェクト」と名付けられたこの事業を運営するTNCのスタッフは、川の周辺に広大な緩衝地帯を設けたうえで、一部区域で伐採を行っている。小規模かつ計画的に行う伐採は、ハリケーンや森林火災といった自然現象による破壊のようなもので、多様な生息環境を生むというのだ。別の区域では、森を伐採せずに、その二酸化炭素吸収量を「排出枠」として企業に売却している。だが、こうした排出枠取引は、排出削減のための根本的な努力を怠らせることになるとの批判もある。
あえて取らなかった免税措置
TNCは7カ所の炭鉱跡地で太陽光発電も行う計画だ。スタッフのブラッド・クレプスとグレッグ・ミードに、太陽光発電施設が建設される炭鉱跡地に案内してもらうことにした。車でそこに向かう途中、峡谷をいくつか通った。狭い谷に沿って小さなあばら家が並んでいる。その家々の向こうに、TNCの購入した土地が広がる。この地域の石炭産業は斜陽化し、集落は貧しく、仕事もろくにない。
石炭産業に比べればほんのわずかだが、太陽光発電施設ができれば、雇用が生まれる。林業も多少の雇用を生む。TNCによると、四輪バギーとハイカーが通れる山道を整備したおかげで、すでに観光客が増え始めているという。土地の購入に当たり、TNCは免税になるための対策をわざと取らなかった。「この一帯には人が暮らしています」とクレップは話す。「土地を買ってフェンスで囲み、納税義務を免れたら、地元の人の賛同は得られませんよ」
プロジェクトの責任者を務めるミードもうなずいて、「規模が大きければ、多様な活用法を組み合わせないとね」と話す。広大な一帯を保全するには、そこで暮らす人々の生活にも配慮する必要があるということだ。
炭鉱跡地に着くと、異様な形の台地だけが残されていた。山頂を削りながら石炭を採掘した跡だ。これといって見るべきものはない。太陽光パネルを大量に並べるにはうってつけの場所のようだ。
TNCが購入した土地はレース編みのように入り組んだ区画の連なりで、ところどころに民有地を挟み、山も谷もあり、気象条件もさまざまだが、それでいて動物が自由に移動できる連続性をもつ。この土地に放された動物の一つが、この辺りの森林では久しく見かけられなかったエルク(アメリカアカシカ)だ。
自然保護の挑戦 あらゆる場所を保全、生息地をつなぐ|NIKKEI STYLE - Nikkei.com
Read More
No comments:
Post a Comment