モザンビーク最大の自然保護区では、住民の暮らしの向上と保護活動を両立させる試みが功を奏している。
聖なる泉が集まるチェマンボに彼女はいた。ジョアナ・リコンデのエメラルド色の衣装はびしょぬれで、足元に水滴が滴り落ちる。神聖なバオバブの若木に白い布を巻いた祭壇に向かって彼女が祈り始めると、ほかの巡礼者もそれにならった。日暮れとともに、歌と踊りと祈りの夜が幕を開ける。
これは、東アフリカの国モザンビーク北部にあるニアッサ特別保護区で行われたチョンデ゠チョンデという儀式の一場面だ。バオバブの木の根元に食べ物やお金を供え、祖先の霊を呼び出し、幸福や健康、豊穣を願う。バオバブは霊界に通じる神木とされており、こうした民間信仰のおかげで伐採を免れている。
リコンデは心霊治療師だ。自らの成功と幸運を祈るとともに、ルジェンダ川沿いの村ムバンバに暮らす約2000人のヤオ族の住民の幸福も祈る。ここチェマンボは、昔から人々が信仰してきた聖地だが、村から徒歩で丸2日かかるため、訪れる住民は少ない。ニアッサ特別保護区内で生活するマクア、ンゴニ、マタンブウェ、マコンデといったほかの民族集団と同様、ヤオの人々もイスラム教と融合した精霊信仰の文化をもつ。
ヤオは、チェマンボのヒヒには祖先の霊が宿ると信じている。ここでは、ヒヒは巡礼者の間を悠々と歩き回り、地面に落ちた供物の落花生を拾って食べたり、日差しが照りつける岩の上で、瞑想(めいそう)するように座り込んだりしている。
「人は死ぬと、多くの場合、ヘビやライオン、ゾウといったほかの生き物の体に入っていきます」とリコンデが教えてくれた。
ヤオはすべてのヒヒを特別扱いするわけではない。作物をあさるヒヒの群れと対立することも多いが、この聖地にいるヒヒは特別だ。言い伝えによると、遠い昔、村にいさかいが起きて、首長だったマンボと家族がこの地の泉に身を投げて死んだ。彼らの魂はヒヒに乗り移り、今も尊敬を集め、食べ物をささげる対象となっている。だから住民は、落花生や干したトウモロコシを供物としてヒヒに与えるのだという。
「さもないと祖先の霊がひもじい思いをします」と、リコンデは説明した。
狩猟と採集の時代から、農業が始まり、やがて首長制の社会になるまでの数千年もの間、人々は変わらずこの土地に根ざしてきた。だが数世紀に及ぶ植民地時代と最近の内戦によって、ニアッサの村々は貧しさのどん底に突き落とされた。何世代にもわたって受け継がれてきた祖先の地と、その類いまれな自然を守り育てて未来に残していくためには、地元住民が直接的に、保護活動や観光業による収益の取り分を得ることが必要になるだろう。
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