青森県と秋田県にまたがり、原生的なブナ林が広がる白神山地は11日、ユネスコの世界自然遺産に登録されてから30年を迎えた。未来に向け、かけがえのない自然とその場で育まれてきた文化を守れるのかが今、問われている。
年間500万人が押し寄せる――。
白神山地が1993年に世界自然遺産に登録された直後、そんな見通しを伝える報道もあった。
ところが、ふたを開けてみると、入山者数は環境省が調査を始めた2004年度の約8万1千人がピークで、22年度は過去最少の約1万6千人まで減った。
その要因とみられるのは、アクセスの悪さだ。
秋田県藤里町にある小岳の山頂からは、世界遺産地域の中央部「核心地域」を望むことができ、観光客に人気が高いが、登山道へ向かう粕毛林道は脆弱(ぜいじゃく)だ。
佐々木文明町長によると、大雨などで災害が起きると2~3年通行止めになり、30年のうち半分も通れていないという。
「遺産登録当初は旅行会社が小岳へのツアーを企画してくれたが、アクセスの悪さから、旅行会社が敬遠するようになってしまった」と嘆く。
外から人を引きつける力が弱い要因として、世界自然遺産の屋久島にある「縄文杉」のような分かりやすいシンボルがないことや、受け入れるガイドの不足を指摘する声もある。
日本山岳ガイド協会認定ガイドで、秋田県が養成する認定ガイドの講師を務める後藤千春さんは、それらの課題に取り組む前提として、国や県の方針のあいまいさを挙げる。
「人を呼びたいのか、呼びたくないのか。観光なのか、保全なのか。根本的な方針を先延ばししているようにも映る」
弘前大学名誉教授の牧田肇さん(82)は、青森県西目屋村でガイドを長年務めてきた。「山地の魅力を伝える発信力が不足している」と指摘する。
理由として挙げるのは、山地がまたがる自治体の多さだ。山地中央部の世界遺産地域だけでも、青森県側は深浦、鰺ケ沢、西目屋、秋田県側は藤里と計4町村に及ぶ。
さらに、登山道やトイレの整備は各自治体が個別に行っているといい、「一体的な整備がしにくく、PR活動も連携できていない」と話す。
こういった課題を受け、4町村と周辺の弘前、能代、八峰の3市町は2011年、「環白神エコツーリズム推進協議会」を設立。だが、事務局を藤里町に置き、連携に向けた取り組みを本格的に始めたのは19年になってからだ。
加えて施設整備に必要な財源不足も課題だ。
西目屋村では昨夏の大雨で被災した「暗門の滝」の遊歩道や周辺のキャンプ施設を、約4千万円の費用のうち700万円をクラウドファンディングで調達して復旧。一方、利用者の少ない林道は復旧の見通しが立っていない所もある。
屋久島など国立公園に指定された世界自然遺産は、環境省が設けた交付金制度を施設整備に利用している。だが、国立公園ではない白神山地には、支援の枠組みがなく、協議会は21年度から支援を求めて陳情を続けている。
ただ、牧田さんは、白神山地が世界遺産に登録されたあと、外から訪れる人が増え、山菜や貴重な植物を根こそぎ採ってしまう問題も起きたと指摘。「入山者を増やしていくなら、自然と向き合う正しいマナーや知識の普及が必要だ」と話す。
◇
白神山地への関心を高めつつ、自然と文化を守るにはどうすればいいのか。
青森大学SDGs研究センター長の藤公晴教授(環境学)は、県外からの観光客を中心としたこれまでのエコツーリズムのあり方を変え、「県内のより身近な人たちに、山地の魅力を体感し、理解してもらう取り組みが必要だ」と言う。
白神山地が世界遺産に登録されたのは、青森、秋田両県の住民が、自然の価値や人と共存してきた歴史を再評価し、国の青秋林道の建設計画に反対したことがきっかけだったとする。
ただ、今は関心が薄れつつあり、学校の授業や企業研修の場を活用し、山地の歴史を学んだり、訪れたりする機会を増やすべきだという。「その価値や将来像をまず両県でしっかりと共有する。そのことが、地域の連帯や外部への発信につながっていく」と述べた。(滝沢隆史、古庄暢、野田佑介)
白神山地の歩み
1982年 青森側と秋田側を結ぶ「青秋林道」整備に着工
87年 青森県知事が青秋林道建設の見直しを表明
90年 青秋林道の整備計画が中止に
92年 環境庁(当時)が白神山地を自然環境保全地域に指定
93年 世界自然遺産登録が決定
97年 連絡会議が秋田県側の核心地域を原則入山禁止、青森県側は許可制での入山方式を決定
2003年 青森県側からの入山方式を許可制から届け出制に変更
18年 青森県西目屋村にあるブナの巨木「マザーツリー」が台風で折れる
22年 秋田県藤里町の「400年ブナ」が倒れているのが見つかる
23年 世界自然遺産登録から30年
白神山地、世界自然遺産登録30年 未来に向け自然と文化守るには:朝日新聞デジタル - 朝日新聞デジタル
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